珈琲行脚4 of 英国に拠点を置き西欧各国より直接輸入販売、仙台のアンティークショップ → K's ANTIQUE

Concept


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オールドビーンズコーヒー

 たるの中で静かに呼吸をしながら、熟成を待って幾年月。ワイン、ウイスキー、あるいはチーズなど、時を経るにつれて醸し出される熟成された味わいはまた格別。また、最近は古民家を再生して新築したり、古い町並みを再生するなど、古くて新しいものが人気だ。
 そのような、いわゆる「エイジング」といわれる世界が、コーヒーにもある。良質の生豆を二、三年風通しの良い、空気の乾燥した常温で自然乾燥させる。良質のコーヒー生豆をこうした環境下で静かに呼吸させ熟成させる。
 このオールドビーンズと呼ばれるコーヒーは、時として新豆にはないコクとうま味を出してくれる。この自然な味わいは、熟成というゆったりとした時間と自然の成せる技である。
 古民家を再生したエイジングの空間で、囲炉裏に炭をたき、焙烙でオールドビーンズコーヒーをいり、手回しのコーヒーミルでひき、じっくりとネルでドリップされたちょっと濃いめのコーヒーを、お気に入りの器で飲むエイジングコーヒー…。コーヒーマニアにとって、最高のぜいたくかもしれない。

珈琲工房

 この春にあわせようと、正月休みを返上し厳寒の中、夢中で珈琲豆の焙煎工房を作った。学校の廃材を再利用し、試行錯誤の末、ようやく完成に近づいてきた。二十五年来の珈琲行脚の夢だった五kgを一度に焼き上げる大型焙煎器を設置し、この日のために使用する生豆は、スマトラマンデリントバコ、コロンビアスプレモ、タンザニアAA等極上品のグルメコーヒーを収集しておいた。試飲するイス、テーブルは英国製の年代物のアンティーク。『自作にしては上出来ですヨ』と珈琲人が集う。珈琲を飲むという行為は、インスタントであれ、カンコーヒーであれ、くつろぎの句読点である。しかしコーヒーに文化的香り、サロン的雰囲気を求めるならば、ロケーションも一つの味となりえる。カップが変り、イスが変ると、いつものブレンドコーヒーも極上のアロマにつつまれるから不思議である。

コーヒーの飲み方

 コーヒー通と称する愛飲家の中にはコーヒーに砂糖、クリームを入れて飲むのは邪道として、コーヒーはブラックに限ると言って砂糖、クリームを使う事を嫌う人が多い。しかし嗜好品として考えると、どんな飲み方であろうと、自由な飲料であってほしいと思う。飲む人がおいしいと感じるコーヒーであれば砂糖、クリーム共にコーヒーをひきたてるものとして歓迎されていい。ただ正しく抽出され、人をもてなす為のコーヒーには少々マナーが必要。
(1)提供されたカップを静かに口もとに運びまず香りをききつつ初めはブラックで味わう。(コーヒーのもつ成分にはそのままでも充分な甘味があります)
(2)苦味と濃度を調和させるものとしてお好みにより砂糖を加える。(使う砂糖はあっさりした甘みのグラニュー糖がベスト)
(3)温度の低下と共に酸味を楽しむ。ここで好みに応じて酸味をやわらげるものとしてクリームを適量加える。
 温度の低下と共にいろいろの味覚を楽しめるのもコーヒーの魅力の一つ。提供されたコーヒーに、いきなり砂糖、クリームを入れる前に、いろいろのコーヒーの楽しみ方をしてみてはいかがですか。

英国のコーヒー3

 すっかり英国の魅力に惹かれ、渡英を重ねる昨今、いつも苦痛な事が一つある。時差でも、食事でも言葉でもなく、どうしても英国内でうまい珈琲が飲めない事である。そこで今回4月の渡英の際は、いつもの珈琲豆と器具を持参した。田舎のプチホテルの朝のあわただしい出発の合間をぬって、持参のコーヒーをたてる。豊かな香り、ドリップの瞬間の泡立ち、いづれもいつもの日本のそれと同じ、そして期待をこめて、カップを口に運ぶ。がしかし、ガク然、いつもの珈琲とはまるで違う、階下のレストランのマシンコーヒーと何ら変らない。こんな旅の朝を重ね、自問自答の末、水の違いである事が判明した。英国でのアフタヌーンティーの紅茶の紅色にひかれ日本に持ち帰って試しても、どうしても違うといつも首をひねっていた疑問も解明した。英国の水でしか出せない紅茶がある。珈琲も同じである。ちなみに水を克服するためにイタリアでは、濃厚なエスプレッソが生まれ、ドイツでは精巧なコーヒーマシンが水を克服している。やはり英国は自然に紅茶の国柄なのかも知れない。

楽しい珈琲

 五月晴れに恵まれた久々の休日、かねてから念願だった手廻しのコーヒー焙煎機を試運転する機会に恵まれた。この焙煎機の入手経路を思えばこの試運転の場所はいつでもどこでもというものではなく、英国他数カ国をめぐりやっと出合えた私にとっては珈琲行脚の宝物である。
 その試運転となればある程度のロケーションを想定していた。そんなある日知人から山荘に行こうと誘われた。聞けば完成まで一貫して手作りの山荘との事。周辺は木々に囲まれ、清水が流れ、湧き水が豊富、コーヒーを焙く、ひく、たてるには最高のロケーション。早速近くの木々を集めまきをたき、持参したコロンビアの極上品を釜に投入する。手廻しでしか感じられない珈琲豆のはじける音、森全体に漂う香り、釜を回す人、水をくむ人、湯をわかす人、ドリップする人、香り高い一杯の珈琲を賞味するまでの約二時間は何とも楽しく充実したもので、コーヒーって楽しむものなのだと痛感した素晴らしい珈琲日だった。

モカ

 コーヒールンバにも出てくる「モカマタリ」あるいはコーヒーの代名詞としてのモカ。元々はアラビア半島の紅海に面している往年のコーヒーの輸出港の名。そのモカ港から出荷したアラビア産のコーヒーは港名にちなんでモカと呼ばれてきた。今は港としての機能を失ったが、取引名として「モカ」の名はそのまま引き継がれている。イエメン産のコーヒー、アラビアンモカは小粒で、ふぞろいの豆が多く外見上見劣りし又、煎り上がりも外のほとんどのコーヒーに比べその姿は悪いものの、味わいは琥珀の女王と呼ぶにふわさしく、特有の上品な香り、丸い酸味は単品(ストレート)としては最もすぐれている。
 中でもモカマタリは、最優秀品である。最近は人工的に改良を重ね人為的に味を作り出すコーヒー銘柄が増える中、モカマタリは昔ながらの収穫方法により今なおノスタルジックな味わいと香りを放っている貴重なコーヒーです。

エスプレッソコーヒー

 日本でもエスプレッソコーヒーを飲む人が増えているが、イタリア、スイス、フランス等では、コーヒーと言えばエスプレッソといわれるほど愛飲されている。もともとエスプレッソコーヒーはイタリアが発祥で蒸気圧によってコーヒーを抽出する方法です。エスプレッソがイタリアで広まった理由には気候と水との関係が深いようです。イタリアの乾燥した気候の中で、スチームで抽出するエスプレッソコーヒーの味と香りはうまく溶け合う。イタリアンローストと言われる極深焙煎の豆をパウダー状まで細かくひき抽出される本場のエスプレッソコーヒーは、デミタスカップで30cc程の細かい泡立ちをもつ極濃コーヒーです。単純な苦味だけでなく深煎りのコーヒーの旨味を上手に抽出する方法です。エスプレッソマシンを使わなくても直火にかけるエスプレッソメーカーでも手軽に本場エスプレッソコーヒーを楽しむ事が出来ます。冬の乾燥したこの時期に一度試してみてはいかがでしょう。

コーヒー飲用の歴史

 日本にコーヒーが伝えられたのは、長崎の出島にオランダ人が持ち込み飲用したのが最初で、1700年前後の事とされる。そしてコーヒーが西洋の飲料として広く一般に飲み出されたのはその後1854年の開国以降とされる。その間150年の間は鎖国政策に封印され飲用されることはなく、本格的な日本的コーヒー店が「可否茶館」として開店するまでの珈琲の存在は薄いものだった。
 それは鎖国という理由の他にやはり日本には同じ嗜好飲料の緑茶という大きな日本的飲料があった事、又当時の食生活にコーヒーの味や香りが日本人の味覚になじまなかった事もその理由にあるように思われる。開国と同時に西洋文化にとけこむ生活習慣は急速に消費を増やし今日ではその消費は緑茶の三倍といわれている。100%その生産を海外にたよる珈琲が、器具の改良等により今日では日本ほど繊細なコーヒーを提供する国はないと言われる程になっている。

ライバル出現

 コーヒーは、その国、その国によってさまざまなスタイル、味があり、日本においてもその街にはその街らしいコーヒーがある。又たかが珈琲といえども、それを追い求める人によってはさまざまな分野がある。歴史、生産、技術、文化、芸術等多岐にわたる。その中で私達が日常的に楽しく珈琲に参加できるのは、おいしい珈琲を作り、飲むという作業。その単純にして奥深い商品を真剣に提供しようとする自家焙煎珈琲店が身近にできた。
 中新田町の『リベルテ』。長年珈琲という唯我独尊の世界にひたり、大崎で唯一の自家焙煎を自負してきた当店にとり心強いライバルの出現。しかしおいしい珈琲をいかに、という同じテーマに志を同じくする者にとっては算盤以前の心が通う。早速氏の珈琲を飲みながら、産地、焙煎、抽出技術の珈琲談義。
 互いに味作りの座標軸は違っても、目指すは同じ銘柄にとらわれずよい生豆、よい焙煎であり、鮮度がある事。大崎に香り高い珈琲をと願う氏の姿勢は、この街のコーヒーを変えるに違いない。

こだわり珈琲入門

 10月1日はコーヒーの日。秋風漂う今が珈琲の一番おいしい季節。そのおいしさを自ら作りたいと、珈琲の生豆を譲り受けたいという珈琲愛飲者が増えている。焙り方についてはその都度説明を加えるが、自分の求める珈琲にはなかなか出合えないらしい。珈琲の焙煎はご飯を炊くのと同じ。スイッチを入れれば自動的にそれなりの珈琲は仕上がり、充分鮮度のある珈琲は得られる。がしかし、寿司屋のシャリを炊こうと思えば、それなりの技術と勘が必要とされるように、あるいは中古カメラの収集家とオートシャッターとの画質の違いに見られるように、その違いはどこか似ている。がしかし着実にいろいろの分野で、自分の手で本当にいいものを作りたい、味わいたいと願う人々が増えているという事は楽しい。職人的に物作りに、味作りにこだわり、職人気質という質を量に変えようとしない入門珈琲愛飲家が、珈琲の季節に香りをさらに豊かにしてくれている。

コーヒーメニューいろいろ

 最近増えてきた街角のスタンドカフェの代表的メニューを紹介します。
◎カフェオレ。フランスの代表的な飲み方。深煎りのコーヒーと温めた牛乳を半々に、基本的には一つのカップに仕込まないで、コーヒーと牛乳を別々に添えポットでサービスする。
◎カフェラッテ。ラッテはイタリア語で牛乳の意味。深煎りのコーヒーにホイップした牛乳を浮かべる。牛乳はこまかく泡立てたものを使い口当たりをやわらかくする。
◎カプチーノ。イタリアの代表的メニュー。ローマカソリックの僧侶の頭巾(カプッチョ)の形にちなんだ呼び名。カップにコーヒーを入れ牛乳をまぜ、その上に泡立てた牛乳の泡をスプーンを使い浮かべ、シナモンかココアパウダーを振りかける。
◎エスプレッソ。イタリアの濃厚コーヒー、エスプレッソはイタリア語で急速の意味。極深煎りの豆を蒸気圧を利用した器具で抽出し、デミタスカップで楽しむ。本場イタリアでは、たっぷりと砂糖を入れ一日に何杯も飲まれています。

珈琲の生い立ち

 エチオピアの山岳地帯、カーファ地方には野生のコーヒー樹木があったとされる。その昔、高原に住む山羊飼いが得体の知れない樹木の赤い実を食べて興奮して騒いでいる羊の群れに不思議に思い、自分も試食したところ、その実(コーヒー)が心身を壮快にする効力がある事を体験し、修道僧に教えたとされる『カルディの伝説』が人とコーヒーの出合いとされる。
 が、コーヒーはまだ食用としての赤い実だった。その後、『酒用』、そして種子を乾燥しその煎汁に薬効を見い出し、心身を癒す、あるいは眠気を払う『薬用』としてのコーヒーの時代に入る。
 やがて長い時を経、今日私達が口にする琥珀色した飲料としてのコーヒーとなるまでには火の洗礼(生豆を焙る)というコーヒーにとって決定的な出来事に出合って以降である。そして今、嗜好飲料としての珈琲は、『人間という機械にとって最も嬉しい潤滑油』や『万物の中で最も喜ばしい味』という賛辞を与えられるに至っている。

参考/オールアバウトコーヒー

音楽と珈琲

 先日市内のある家庭のサロンコンサートに招かれ、コーヒーを提供する機会があった。ピアノ、バイオリンの演奏に聞き入り、奏者を中心に音楽で心が一つになり静まり返るリビングルーム、その時間は音楽に全く無知な小生もその雰囲気にじっくり浸る事ができた。
 さて、70人のコーヒータイム、ミルをひき、ドリップでタイムリーに珈琲を提供するあわただしい時間が私の出番。この夜の為に昨夜焙煎した特別なコーヒーは、その香りをコーヒータイムというくつろぎの句読点のリビングルームへはこぶ。
 今しがたの演奏を賛美する優雅な語らいの雰囲気は、素晴らしい音楽がもたらす不思議な力なのであろう事は承知の上での事だが、少しは珈琲の香りも会話に弾みをつけてくれたのではと自画自賛しつつ只々珈琲をたてる。一味同心。何かを媒介にして心を一つにする事。音楽と共に珈琲も今日のコンサートに一役を担えたのではと、コーヒーのもつ、もう一つの一面を発見した。

参考/オールアバウトコーヒー

コーヒーと水

 コーヒーのそのほとんどは水です。どんなに豆を吟味し、道具に凝っても、水が良質でなければコーヒー本来のもつ芳醇さは抽出できません。幸い日本は世界でも有数の良質な水に恵まれ、地下水及び水道水のほとんどは適度にカルシウム、マグネシウム、その他のミネラルを含む軟水とされています。
 その水はコーヒーの成分抽出に適しており、水道の蛇口をひねればいつでもおいしいコーヒーをたてることができます。逆に一般においしい水といわれる名水やミネラルウォーターは硬水が多くコーヒーには適さない場合が多いようです。ただ水道水でも次の点には注意が必要です。
(1)塩素やカルキ臭除去の為、必ず一度沸騰させる事。
(2)汲みおきの水、ポットの湯、また、二度沸かしの湯は適しません。
(3)活性炭入の濾過器及び浄水器があればベストと言えます。
また、コーヒー抽出の際の湯温は沸騰後静かにさまし90度ぐらいが適温とされています。

かうひいや工房

 毎月一回掲載の珈琲行脚も早いもので今回で48回目を迎えた。5年前、私が古川の店に常駐の時、ふと記事の打ち合わせか何かで来店した記者さんが、コーヒーカップを口に運び、ムムッと反応してくれた。お〜いしい!!このコーヒー感動もの。と叫んでくれた。あの時の光景を忘れる事ができない。その後常連さんとなり、カウンターに座り、私の珈琲持論をメモし3回程この欄に掲載してくれた。その記者のメモが、毎月原稿取りに来るから、に変り今では今日が原稿の締切り日ですという、熱き珈琲持論が冷めた珈琲になりつつある。
 コーヒーという狭いテーマに回を重ね、勝手な持論に紙面を削る事に多少とまどいも思える昨今である。今後もライフワークとしての珈琲というテーマに変わりはないものの、カップにそそがれる珈琲はたかが珈琲であり、おいしさの決め手は素材の鮮度であるという結論である。この間コーヒーの古道具収集が高じて職業まで転じてしまった経緯がある。その古いものへのこだわり、次回からはその魅力にふれてみたい。











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