"喫茶店"の数が激減している。代わって台頭しているのが、 ファストフード店やコーヒーのチェーン店である。「旧」が「新」に押しやられた感がする。この「新」に、なにか物足りなさを感じるのは私だけだろうか。かつて喫茶店といえば、、どんな小さな街にも個性的な店が所どころにあり、店主とのふれあい、客同士の語らいに、心が和んだものだ。
そんな昔なつかしい喫茶店で、私の記憶に残る第一の店に「クラシック」という店がある。メニューはコーヒー、紅茶、ジュースのみ。ドアを開けると、薄暗い店内には店主が絵の題材に集めたという古道具が、所狭しと置いてある。竹針でかけるクラシックレコードが、静かに、ノイズ豊かに流れる。運ばれてくるグラスはカップ酒の空きビン、クリームはアルコールのふた、灰皿は空きカンで、コーヒーはどうでもいい代物。
しかし、味覚を超える豊かな、静かな時間がそこにあった。文庫本百冊を読むノルマを果たす空間はここしかないと、何度足をを運んだだろうか。そして二十五年も経た今も新鮮に、この時間が回顧されるから不思議である。そんな喫茶店が残り少なくなっている。
(珈琲行脚 ”喫茶店” より抜粋)
珈琲行脚 No.1"小さな喫茶店の情景"、"水出し珈琲"、"幻の看板"、、 |
珈琲行脚 No.2"英国のコーヒーを訪ねて"、"コーヒーと健康"、 |
珈琲行脚 No.3"ポットで紅茶を"、"トルココーヒー"、"喫茶店"、 |
珈琲行脚 No.4"モカ"、"ライバル出現"、"かうひいや工房"、、 |
これらのエッセイは、平成8年4月から河北新報に連載されたものです。






